今日は、都羅山( 京義線 終点駅?)の紹介をします。
現役の韓国軍兵士による改札業務です。
まず、少し長くなりますが都羅山駅と京義線の説明を。
京義線は、かつてはソウル(当時京城)から新義州までを結び、
さらにその先中国 を経てヨーロッパまで1つの線路でつながって
いました。しかし、朝鮮戦争により線路は分断され、韓国側は
汶山駅で止まってしまいました。
そして、2000年、南北首脳会談で合意された南北鉄道連結事業で
鉄道再連結工事が開始され、線路は南北分断以来再びつながる事に
なりました。その後、都羅山駅まで定期列車の運行が再開され、
さらに2007年5月には試験運行しながら、朝鮮戦争以後、50年近く
列車運行が中断された京義線に南北間を列車が横断しました。そして現在、
都羅山駅へは身分証さえあればだれでも自由に行けるようになりました。
(通常、民間人統制線以北へは特別な許可、もしくは外国人向けツアーでない限り入れない)
次に、DMZと都羅山駅のある民間人統制区域内の説明を。
DMZとは、The Demilitarized Zone(非武装地帯)のことで、韓国と
北朝鮮が戦った朝鮮戦争(1950年6月25日~1953年7月27日)の
休戦に伴って設定された緩衝地帯のことです。エリアをわかりやすく
説明すると、北緯38度線を中心に引かれた軍事境界線から、
南北にそれぞれ約2㎞ずつの地域を指します。
そして、民間人統制区域内とは非武装中立地帯に沿って南側に設定されて
いる一般住民の立ち入りを規制する区域です。
また、民間人統制区域と一般区域との境界に、民間人統制線
(みんかんじんとうせいせん、민간인통제선、CCL:Civilian Control Line)
があり、民間人統制線は、有刺鉄線を張り巡らせたりして一般の交通を物理
的に規制しており、決められた検問所以外からの出入りは禁止されている。
このためこの事情を良く知らない観光客は、民間人統制線の鉄条網を見た
ときに、非武装中立地帯との境目や軍事境界線自体と間違えることが多い。
そのため目の前の鉄条網を越えたら、すぐに北側地域と誤認識することが
しばしばありますが、共同警備区域などの特殊地域、南北が直接面している
河川や海上、一部開放されつつある鉄道、道路などを除いた、通常の軍事
境界線付近は、非武装中立地帯と民間人統制区域の二重の緩衝地帯によって、
肉眼で見えないばかりか近づくこともできません。
そしてこの区域は、韓国側が自主的に設けている地域であり、非武装中立
地帯の外側であるため韓国陸軍部隊が駐屯している。また、この区域には
地雷は存在せず、朝鮮戦争休戦前から土地を所有している理由で居住して
いる住民もいます。また、1980年代から主に退役軍人らが開墾を始めて
入植した屯田兵のような場所もあり、統制線を越えて統制区域に入る場合、
多くは限られたルートのみであり入域には検問所での手続きが必要ですが、
区域内に居住している住民・軍人などの関係者以外は、厳格に指定された
観光用ルートのみ、事前手続きを持って入域できます。
はい、長々と難しい説明が続いて、すごくつまんないですね。
でも、今は適当に流し読みして、もし先でよくわからなくなったら
上の説明をもういちど読んでみてください。
それぐらい、都羅山って何?って感じでよくわからないかも
しれませんから。 では、いよいよ都羅山の旅へ!
( この記事は2007年11月のもので、2009年時点で変更事項あり )
少し画像が悪いですが、上の2枚が都羅山行きの往復切符です。
(都羅山へ行く場合、往復切符の購入が必要)
都羅山へ行く列車は、ソウル発10時10分、11時10分、12時10分の3本。
でも、臨津江で手続きが必要なため、ソウル発9時10分 (これは臨津江行き)、
10時10分、11時10分のどれかの列車に乗車して臨津江まで乗車し、
いったん下車して1時間後の列車で都羅山へ向かうことになります。
( この辺が非常にややこしい。つまり、臨津江で都羅山行きの手続きの
ために下車する必要があるので、ソウル駅から1時間前の電車に乗って
臨津江駅で手続き・そして約1時間待機をしなければならないのです )
さて、上の切符にも小さく書いてありますが、3本の都羅山行きのうち、
運が良ければ、上の写真のセマウル号にあたります。
セマウル号は、ソウル―釜山間などを、KTX(韓国版新幹線)が開通する
前に使用されていた車両です。
当時はKTXより約2時間長く、ソウル―釜山間を約5時間半で運行して
いましたが、現在のKTXより座席が広くとられていたため乗車環境の
評判はすごくよかったらしいです。
今回、案内人はたまたまセマウル号に乗れてラッキーでした。
セマウル号の車内です。
さて、とりあえず臨津江駅につきました。
ここで、さっそく都羅山行きの手続きのため、左の受付窓口で
行き、帰りの往復切符、そして旅行者はパスポートの3つを提示
して手続きをします。
そして、ここで同時にDMZ行きのバスツアー(確か、11200W)の
申し込みができますが、今回は案内人、都羅山駅だけを見たかったので
受付のおばさんにチェックだけ頼むと、
「都羅山駅なんて、なんにもないよ! 」と、ちょっと怒った口調で言われました。
ここで観光証を手渡されます。これは都羅山駅を出るときに
返却しますが、その時案内人が係員に手渡そうとすると、
「あっ、 」って感じで完全に忘れていたぐらいの感じでした。
ほんと、こういうところはすごくテキトーな人たちです。
もう1枚テキトーな写真を。臨津江駅の男子トイレの様子ですが、
子供用に踏み台が… 確かに、合理的と言えば合理的ですが…
彼らも現役の韓国軍兵士です。
右は待合室のメッセージボード。内容は割愛しますが、
思いが伝わってくるものばかりでした。
さて、臨津江駅を出発して、いよいよ都羅山に向かいます。
乗車時間はひと駅なので5分ぐらい。
それで、下の写真は走行中のセマウル号から撮ったもの
なのであまりよく撮れていませんが我慢してください。
朝鮮戦争時に、北朝鮮側から攻路を絶つために韓国軍が自ら爆破した
架橋跡です。
それで、案内人の個人的な意見としては、都羅山行きで、この架橋跡が
いちばん生々しくて印象的な光景でした。
開発がどんどん進む韓国・ソウル周辺において、貴重な戦争の生き証人
とも言えるかもしれません。
いよいよ臨津江です。
美しい旋律で歌われていることで有名な河ですが、
韓国の人はここを越えるのに50年かかったと言います。
それだけ、分断国家としての象徴的な場所です。
これらも臨津江と爆破された架橋跡です。
なんか、今回の案内人、ここを紹介したいためだけに
この記事を書いている気分になってきました。
はい、いよいよ都羅山に到着しました。
右の写真はわかりますか?
ソウルまで56km
ピョンヤン(北朝鮮)まで205km
とあります。
下の写真は、都羅山駅構内と駅周辺の様子です。
さて、今回の都羅山駅の記事はいかがでしたか?
ここは他の方もよくブログで書かれているので、
案内人の記事もそれほど斬新的ではありませんが、
それでも、ここは案内人が今ほど韓国に慣れていなかった頃に、
けっこう苦労してたどり着いた場所なのでちょっと感慨深いスポットです。
それと、案内人はいつも思っています。
確かに、韓国行きの回を重ねるごとに知識は蓄積され行動範囲は広がり、
現在はものすごく快適です。
でも、海外旅行初心者の頃、自力で動いていたので、行動範囲も後日
考えてみたら笑えるぐらい狭かったのだけれど、その頃の緊張感や失敗談は
あとになってみるととてもいい思い出です。
みなさんも、どうか心に残るような旅行をなさってください!
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